2012年01月07日

日本漫画の基礎を作った北沢楽天の世界

日本初の職業漫画家北沢楽天の作品を一挙公開。
楽天は日本初のカラー漫画雑誌『東京パック』を発行し、さらに『楽天パック』『家庭パック』『子供之友』を次々に創刊し、漫画を広めていきました。
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2010年02月26日

こちらも新サイトだよ

新サイト続々構築中
産業技術史博物館
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新サイト作りました

こちらは珍しい画像データベースです
歴史画像アーカイブ
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新サイト

新サイト作りました。
ワンコイン500円でどこまでできるか?
 ワンコイン情報局
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2006年05月12日

史上初の毒ガス攻撃

 う〜ん、何だか更新が滞ってますな。
 今回は、世界で初めて毒ガスが使われた戦場・ベルギーのイープルへ。1915年4月22日、ドイツ軍がこの街で塩素系毒ガスを使用したのが、人類史上初の毒ガス攻撃です。



 イープル YPERES
 イープルは、欧州大戦で最も惨(みじめ)な禍(わざわい)をうけたベルギーの都です。
 この戦跡を訪えば壊れ果てた累々たる街角に、立札がしてーー「ここに曾(か)つてはヨーロッパでの最も新らしく史的だったイープルの市(まち)があった。大戦中に200万の軍がここを守り、20万以上の戦死者を出したーー」と。
 しかし、戦争が平和にかえったその記念日には、カアニバル祭りが国を挙げて盛大に行われるようになりました。スタンプの絵は、その行列がメンナ門をすぎてゆくところです。


 毒ガスについてはこちら

2006年04月26日

まだ続くオーストラリア

 再びオーストラリアです。



 キャムベラ CANBERRA
 濠洲聯邦政府の首府で、シドニーの西南209哩(マイル)メルボルンから429哩のところ、灌木と丘に立った面積12平方哩の「新興首都」です、
 1913年起工米国のワシントンに模して設計されたものですが、欧洲大戦中一時工事を止め、更らに戦後再び着手され1925年5月9日、当時濠洲御巡遊中の英国第2皇子ヨーク公、同妃殿下の台臨を仰いで盛大な開府式が催されました。
 同市の建設費は500萬磅(ポンド)(8500萬円)という巨費に上っているそうです。


 それにしても、どうしてグリコスタンプにはオーストラリアが多いのか?
 実は、第1次世界大戦で日本軍はドイツ領南洋諸島を占領、当時の日本はトラック諸島まで委任統治領としていたのです。
 南洋諸島の先には広大なオーストラリアがあるわけで、グリコスタンプにも無意識のうちに「領土拡大願望」が反映されているわけなのです。

2006年04月23日

エベレストに登ってみる

 エベレストは1852年に世界最高峰と判明、前インド測量局長官エベレストの名前をとって命名されました。ちなみに「チョモランマ」はチベット語で「大地の女神」、「サガルマーター」はネパール語で「世界の頂上」という意味です。

glico15.jpg

 エベレスト山 MT EVEREST
 エベレスト山は、「世界の屋根」だ!と云われるほどたかい山です。世界一の、海抜8882メートル、富士山の2倍以上もあります。このまえ英国の探検隊が飛行機で山上を飛んで立派な記録になる写真を完成したことはありますが、空気や温度の関係から山頂を征服した人は1人もありません。土人が毒蛇のコブラを踊らせているのもインドです。


 ここでは高さ8882mとなっていますが、現在の公式数値は8848m(ただし、2005年10月、中国国家測量局が8844.43mと発表)。

 エベレストの初登頂は、1953年5月29日午前11時15分、イギリスのエドモンド・ヒラリーとシェルパのテンジン・ノルゲイによって成功しました。
「なぜエベレストに登るのか」という質問に「そこに山があるから」と答えた有名な登山家マロリーは、1924年6月8日に頂上付近で目撃されたのを最後に、行方不明となりました。彼が登頂に成功したのかどうかは、今現在もわかっていません。

2006年04月20日

スイス・世界有数のトンネル



 サン・ゴタルド ST.GOTHARD
 アルプス山脈を北から南へ越える海抜7000フウトの峠です。北ロイス谷から南チチノ谷に至る鉄道が開通するまでは、往来のはげしかった峠だったのですが、この鉄道の延長15キロにわたる大トンネルができてからは、角笛を吹いて峠を越えていく幌馬車などは、ただスイスの「懐かしい風景」に止(とど)まるでしょう。
 このサン・ゴタルド・トンネルは世界第2の長いトンネルです。


 全長15キロのサン・ゴタルド・トンネルは、1882年に完成しました。このスタンプが発行された当時(1931年?)で世界第2位。では第1位はどこか?
 答えはスイスからイタリアに抜けるシンプロン・トンネルで、約20キロ(1922年完成)。
 ちなみに、現在、世界で一番長いトンネルは53.85キロの青函トンネルです。

2006年04月17日

見たいなぁ、アフリカの超高層タワー

 2006年4月、リビアでアメリカの空爆20周年の記念式典が行われました。空爆で半壊したまま残されているリビア最高指導者カダフィ大佐の自宅から、なんと英語で「ウィー・アー・ザ・ワールド」を合唱したそうな。
 リビアも素直になったもんですね。



 トリポリ TORIPOLI
 アフリカの北、伊(イタリア)領リビヤの海と砂漠の港、サハラにわたるトリポリタニヤの首都です。寺院あり、政庁あり、砂漠の熱風と白塵におおわれた、この昔ながらの原始都市にも、イタリア政府の殖民政策と近代文化の彩どりに飾られて、ここも「アフリカ新大陸」の面目が躍如しています。
 そして「日本製品」の新市場が日に日に開かれていくところです。

 トリポリタニアとは、リビアの北西部一帯を指す言葉です。沿岸部は地中海性気候で農業が盛ん。国のなかでも豊かな地域です。
 で、その豊かなリビアは、現在セネガルの首都ダカールに、約300億円かけて「カダフィ・タワー」を建造中。

2006年04月12日

シンガポールの空手家

 青森県の白神山地付近で、シンガポールから来日した武道家一族が保護されました。
 シンガポールで道場を経営していた武道家が、
「青森県の相馬村にいる極真空手の伝承者から秘伝書を譲り受けてほしい」
 という遺言を残し死亡、遺族が奥義を求めて雪の山中をさまよっていたのです。
 シンガポール自体はたいした国ではありませんが、そこに住む人々はなんて素晴らしいのか。真の求道者たちに幸あれ!



 シンガポール SINGAPORE
 シンガポールは梵語で「獅子の島」と云うことだそうです。昔、このあたりに王様が居られたのですが、1819年英国の東印度会社が60萬弗(ドル)で譲りうけ遂に英国国旗を、このマレー半島に海峡殖民地としてたてました。
 ここに住む人々は、ちょうど世界人種の展覧会をみるように極めて複雑です。
 気候は熱帯のことですから勿論熱いですがスコールと云う俄雨(にわかあめ)がありますので、思った程熱くありません。
 この附近一帯はゴムの世界第1の産地としてめぐまれているのもそのためです。


 その昔、俺も白神山地を流れる川の源流を求めて溯行したことがありますが、あそこは本当にきれいな森です。しかし、この季節は自殺行為だと思うよ……。